毎月のうた⋯⋯六月

水中花と言つて夏の夜店に子供達に売る品がある。木のうすいうすい削片を
細く圧搾してつくつたものだ。そのままでは何の変哲もないのだが、一度水
中に投ずればそれは赤、青、紫、色うつくしいさまの花の姿にひらいて、哀
れに華やいでコップの水のなかなどに凝としづまつてゐる。都会そだちの人
のなかには瓦斯燈に照しだされたあの人工の花の印象をわすれずにゐるひと
もあるだらう。

今年水無月のなどかくは美しき。
軒端を見れば息吹のごとく
萌えいでにける釣しのぶ。
忍ぶべき昔はなくて
何をか吾の嘆きてあらむ。
六月の夜と昼のあはひに
万象のこれは自ら光る明るさの時刻。
遂ひ逢はざりし人の面影
一茎の葵の前に立て。
堪えがたければわれ空に投げうつ水中花。
金魚の影もそこに閃きつ。
すべてのものは吾にむかひて
死ねといふ、
わが水無月のなどかくは美しき。

 伊藤静雄の「水中花」である。水底から幻視する詩人の眼にうつる水無月の美しさ、「六月の夜と昼のあはひに 万象のこれは自ら光る明るさの時刻〔とき〕」。春に続き夏に入る前に五月雨の水無月がある。これこそが日本の風土がはぐくむ命の源なのだ。
 そのような水無月だからこそ、心引かれる詩人も多いのだろう。

■ 大岡信 『芝生の上の木漏れ日』六月

 大岡信はそのような詩人として、まず芥川龍之介をとりあげる。

 六月、水無月といえば必ず思い出す詩があります。芥川龍之介の《相聞》という題の四行詩です。これは多くの人が知っている、有名な詩です。‥‥‥芥川は今様の影響を非常に受けましたから、これも今様風の詩になっています。

   また立ちかへる水無月の
   歎きを誰にかたるべき
   沙羅のみづ枝に花さけば、
   かなしき人の月ぞ見ゆる

 水無月―花―そこに女性をみる、伊藤静雄の「水中花」と不思議なつながりを感じる。

 水無月〈みなづき〉もそうだが、五月雨〈さみだれ〉もやはりその響きの中に一種のなつかしさを含んでいる、

 五月雨では、芭蕉の『おくのほそ道』の次の二句がひかれている。

  五月雨の降りのこしてや光堂
  五月雨を集めて早し最上川

 あまりにも有名な芭蕉の句であるが、これに蕪村の五月雨句が対照されている。

  五月雨や大河を前に家二軒
  床低き旅のやどりや五月雨〔さつきあめ〕
  五月雨や御豆の小家の寝覚めがち

 繰り返し語り尽くされた感のある両者の比較であるが、大岡信は芭蕉の句を、「ある部分で観念的」であるとしたうえで、

 それに対して与謝蕪村という人は、現実にはいまそうなっているというところをそのままとらえて、それを詩にしているというところがすごいですね。蕪村は一方ではロマネスクなくらいに虚構の世界をとらえるのに秀でた人ですが、現実の季節感をとらえたりするときには同時に、小さいものの世界にある真実をリアルにとらえる術を心得ていました。芭蕉のように大づかみにパッと本質をとらえる行き方とは多少違ったものです。それは蕪村のほうが近代人であったということにあると思います。

 さらに

 蕪村は小説的な構成を考えることが本能的にパッとできた人だと思うのです。これは彼が絵かきだったということと密接な関係があるのでしょう。

とも記す。芭蕉がその句や時折描く画などに禅の香りを残すのに対し、蕪村はそのようなものをほとんど感じさせない。近代詩、現代詩に非常に近い感覚を持っていた人だと思う。

■ 三好達治 『諷詠十二月』六月

 『諷詠』の六月は歳時とは無関係に、萩原朔太郎の詩六篇がとりあげられている。
 その六篇は

    「見知らぬ犬」
    「靑樹の梢をあふぎて」
    「蛙よ」           (以上『月に吠える』)
    「蝶を夢む」
    「かつて信仰は地上にあった」 (以上『蝶を夢む』
    「愛にみる空家の庭の秘密」  (『靑猫』)

三好はこれら六篇を選んだ意図を語らないし、まして、個々の詩の解釈については全く触れることはしない
 彼は『月に吠える』や『靑猫』あたりが、口語自由詩が「ある本質的なる意味での最高處最緊急點に到達」したものとし、さらに次のように述べる。

 これらの作品の詩形は、所謂自由詩の奔放を極めた、何らの拘束を蒙らない不規則の詩形であり、その詩語は所謂口語詩の極端に碎けた、我々の日常語そのものに甚だ近似した詩語であり、言語の常識的慣例や文法的規範を屢々無視される傾きをさね示してゐて、その點では文學的作品としてのある頂點にまで到達してゐるものといつてもいい。一つにはさういふところからも、これらの作品がは、ある種の崩壊破綻の一歩手前にさしかかつた危惧を讀者の胸に覺えしめるやうに見える。事實、これらの作品は常に讀者の心をある不安な状態ひ誘ひ出す力をもつて、歌ひつづけられてゐる。そこに不思議な魅力をかくしてゐるといつてもいいであろう。それにはまたこの作者の異常に尖鋭で殆んど病的な世界にまで踏み込んだ、幻覺的な神經經感覺も有力に働きかけてゐるのは、誰の目にも明らかなところであらう。さうしてその思想も、常識的健全の世界を屢々逸脱し去らんとするかの如き勢ひを示してゐて、そこにもまたある不安定な要素の入りまじつた飛躍と緊張とを覺えしめるものがある。

 著者はこれ以上のことは語らない。詩の読みは読者に委ねられている。この六篇で朔太郎詩の本質に触れることができるのだ、と言っているようにも感じるのだが、私の読みの力では、まだ立ち入ることができない領域だ。
 最初の「見知らぬ犬」について、許容される恣意の範囲(という独断)で、読んでみたい。

      見しらぬ犬           萩原朔太郎

 この見しらぬ犬がわたしのあとをついてくる
 みすぼらしい 後足でびつこをひいてゐる 不具の犬のかげだ。
 ああ わたしはどこへ行くのか知らない
 わたしのゆく道路の方角では
 長屋の屋根がべらべらと風にふかれてゐる
 道ばたの陰氣な空地では
 ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。
 ああ わたしはどこへ行くのか知らない
 おほきな いきもののやうな月が ぼんやりと行手に浮んでゐる。
 さうして背後のさびしい往來では
 犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつて居る。
 ああ どこまでも どこまでも
 この見しらぬ犬が私のあとをついてくる
 きたならしい地べたをはひまわつて
 わたしの背後で後足をひきずつている病氣の犬だ
 とほく ながく かなしげにおびえながら
 さびしい空に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。

      太字は、元詩では傍点   不具〔かたは〕、背後〔うしろ〕のルビがつけられている

 言うまでもなく「月に吠える」犬は詩人のメタファーであろう。「犬」は『蝶を夢む』の「散文詩・吠える犬」がその解説になっている。
 この「犬」は「堅い地面を掘らんとして焦心」する。その地面には、翡翠や夜光石を収めた「金庫」があり「犬」はその「地下において微動する」ものを探り求めているのである。「犬」はすなわち「詩人」である。「犬」はその影であるか、あるいは実体そのものか。すなわち、「犬」と「詩人」とは相互に分身に他ならない。この分身は尻尾を地面にひきずる。「金庫」=詩を探り焦れるのだ。その地面の下には繊毛の根、気持ちの悪い虫たち、病人の顔‥‥‥、詩人が覗き込んだ己の無意識。そこから真っすぐな竹も生え出るのだ。

 我々はレジスタンスを経験することのなかった戦後詩がマニフェストのように己の試作という行為をうたいはじめたのを見て来た。しかしながら、萩原朔太郎こそは、詩を書くという行為を実存の営みとして、それを語り得た最初の人だったように思う。

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