モーツァルトの器楽曲の「ブッファ調」その1
1.モーツァルトの「ブッファ調」フレーズとは
このメロディに聴き覚えのある人は少なくないだろうと思う。聴いてみていただきたい。
以前テレビで、お笑い芸人がひとり無人島に取り残され、狩りや魚獲りなどで1週間ほど生き抜くという滑稽番組があったが、その漁の場面などでのバックに流れていたのが、この音楽だった。
実はこの曲は、モーツァルトの管楽器のための5曲のディベルティメントK.439bの第4番、第5楽章ロンドのリフレイン主題なのである。今でこそこの曲の録音も多くなったが、当時よくぞこんな曲を見つけてきたものだと感心した。しかしこれが滑稽な場面に、なんとも、実にぴったりだったのだ。
私はこの種の旋律を「ブッファ調」と呼んでいる。一言で言うなら、“おどけ”感のあるフレーズである。これ自体は深みのあるといったものではないが、極めて印象に残る、モーツァルトらしい魅力のあるものである。
このような旋律や楽曲の性格規定を行うことについて、モーツァルトの緩徐楽章の感覚的な性格分類を行ったガードルストーンは、次のように述べている。
音楽の楽章をその内容によって分類するというのは非常に困難な仕事であり、このような分類はいくぶん恣意的なものになりかねない。内容は言葉によって定義しがたいもので、その楽章全般の性格を述べてもそれは大よそなものでしかない。
ガードルストーン 『モーツァルトと彼のピアノ協奏曲』「構造」より
私がここで試みようとしているのは、楽章の一部をなすより短い旋律であり、その性格付けは楽章の場合よりもはるかに容易だろうが、それでもある程度の恣意性は避けられないだろ。そのような前提のもと、私が“おどけ”を感じる「ブッファ調」の旋律を持つ器楽曲を拾い出してみた。
この“おどけ”の感覚は、モーツァルトの音楽の特徴のひとつと言われてきたが、拾い出してみると、驚くほど少ない。それだけ強い印象を与えるのかもしれない。
「ブッファ調」フレーズが出現する器楽曲は、主に変ロ長調とニ長調の曲であるが、モーツァルトが最も愛した変ホ長調のものには出現しない。変ロ長調系統のものは、1773年以来、ほぼ5年おきに出現しているが、ニ長調のものは1786年の『フィガロの結婚』以降である。
この「ブッファ調」旋律の特徴をみてみよう。まず変ロ長調系統のものは、
特徴1 調性の特性もあり、管楽器による曲、あるいは管楽器が大きな役割を果たす曲で出現する傾向がある。
特徴2 その音型的特徴は、主和音による分散和音で上行し、比較的大きな音程の振幅をもつ。
特徴3 その出現は、曲の冒頭であろと曲の途中であろうと、突感感があり、それが“おどけ”感につながる。
特徴4 その旋律は「その場限り」であり、同楽章の他の部分や、他の楽章に影響をお呼びすことはほぼない。
特徴5 この旋律が出現するのはアレグロ楽章であるが、それに隣接、あるいは近くに非常に深みのある、時に敬虔とさえいえる緩徐楽章を伴っている。当然ながら、その緩徐楽章は変ホ長調であることも多い。
一方ニ長調系統のものは、以前のピアノ連弾曲に見られるような、ニ長調特有の明るさ、活気、活力が『フィガロの結婚』の作曲経験による、より深化したものと想定されそうだ。その特徴は、
特徴1 曲冒頭楽章の第1主題そのものが「ブッファ調」であり、楽章全体への支配力が強い。
特徴2 それは冒頭楽章だけではなく、例えば最後のアレグロ楽章にまで強い支配力を及ぼしている。
ヘ長調でも「4手のためのピアノソナタK.497」があるが、曲の特徴としてはニ長調系列に近いものを感じる。
以下、個別の曲について見ていくが、抜けている「ブッファ調」を見つけたら、追加しようと思う。また新しい発見もありそうだ。