モーツァルト器楽曲の「ブッファ調」その2-変ロ長調系統
2.木管楽器のためのディベルティメント 変ロ長調 K.186(159b)
モーツァルトの変ロ長調器楽曲に「ブッファ調」フレーズが出現するのは、木管楽器のためのディベルティメントK.186(159b)を嚆矢とする。同じ編成・形式のK.166(159a)とほぼ同時期、イタリアのミラノで作曲されたらしいが、K.166には「ブッファ調」フレーズは聴かれない。
このK.186の第5楽章ロンドのリフレイン、その後半部の主題がまさに「ブッファ調」であり、さらにその直前のアダージョが敬虔ささえ感じる旋律を持つという、変ロ長調のブッファ調フレーズが聴かれる器楽曲の典型である。
ディベルティメント、食卓音楽? きっとミラノの貴族方の食宴のためにでも作られたものだろう。管楽器よく使われるのは、大食漢のでっぷり貴族様の放屁音を消すためという、冗談のような話を聞いたことがあるが、本当のところはどうなのだろうか。とりあえず放屁消音説を信じて、モーツァルトの作曲中の気持を推測(暴挙!)してみよう。
第1楽章、食欲増進、景気よく総奏だ! おお皆様よく食べておられる。第2楽章、貴族様むけのメヌエット。お上品だとお思いでしょうが‥‥ビーッ、変な和音をお見舞いしよう。まさにアレでしょ。消音効果も満点だ。第3楽章はデザート、デザート、アンダンテ、消化のためにひとやすみ。次いで第4楽章アダージョでもう一押し、眠そうな方もいらっしゃる。何かひそひそやっておられるお方もいらっしゃるぞ。第5楽章、ロンドのリフレイン! 一発驚かせましょうぞ、ははは、咽喉につまらせた、眉を吊り上げてお怒りだ。冗談冗談、ジョーダンですよ。ブッファのメロディでお許しを! エピソードで反省、反省!!‥‥などなど
これくらいのことを考えながら作っていた、などと想像しながら聴いても面白い。以下、レオポルト・ウラッハ率いるウィーン・フィル木管グループの演奏(全曲)である。
同上 第2楽章 メヌエット
同上 第3楽章 アンダンテ
頻繁には耳にすることのないオーボエとイングリッシュ・ホルンの響きということを除けば、第1楽章から第3楽章までは、さほど変哲のない、常識的なディベルティメントである。
しかしながら、第4楽章のアダージョ、これは単なる食卓音楽、娯楽音楽のレベルを超えているように思う。3度で奏されるオーボエの旋律に、イングリッシュ・ホルン、ファゴット、ホルンが保続音を加える。若書きの曲とは思えないような、超俗の世界をのぞかせている。
第5楽章、ロンドを開始する突然の強烈な複前打音、私はこのリフレインの第1主題は“しゃっくり”にしか聞こえない。食卓に列する貴族方を揶揄しているかのようだ。これに続くリフレイン後半の主題、変ロ長調の主和音の分散上行する、「ブッファ調」と私が感じるものだ。
この「ブッファ調」という呼び方は、私が勝手にそう呼んでいるだけなのだが、果たして正しいかどうか、心配になる点がふたつある。
“ブッファ”の起源である、当時のイタリアのオペラ・ブッファの序曲に影響を受けたモーツァルトの初期の3楽章の交響曲が“ブッファ交響曲”と呼ばれている(ラールセン)。しかしながら、それらの交響曲には、ここで言う「ブッファ調」旋律は出てこない。特定の旋律ではなく、楽章全体、曲全体から感じられる「ブッファ感」という言葉の方がふさわしい。後のニ長調系統につながる曲想のようだ。“ブッファ”の本家はこちらの方なのだろうか。
また、本家本元のオペラ・ブッファ、『後宮からの逃走』、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コシ・ファン・トゥッテ』などの代表的なブッファ・キャラクター、オスミン、レポレッロ、デスピーナ、ひいては『魔笛』のパパゲーノなど、彼らが歌うアリアや重唱などには、ここで言う「ブッファ調」の旋律は出現しないのだ。オペラ全体でも、この手の旋律は出て来ない。
ここで「ブッファ調」と呼んだ旋律特性は、器楽曲に特有のものだのだろうか。おどけやブッファ的なものを感じるのは確かであるのだが‥‥。以降、個々の該当曲についてみていく中で、この呼称についても考えてみたい。