モーツァルト器楽曲の「ブッファ調」その3-変ロ長調系統(2) Part 1

3.4手のためのピアノ・ソナタ 変ロ長調 K.358(186c)

  ① イタリアの影響とブッファ交響曲

 前編で取り上げた管楽器によるディベルティメント 変ロ長調 K.186(159b)、おそらくは第3回イタリア旅行でミラノにおいて作曲されたものだが、その旅からザルツブルクに帰った翌1774年、姉ナンネルとの連弾のために4手のためのピアノ・ソナタ 変ロ長調が作曲された。
 この曲は、1772年第2回のイタリア旅行から帰ったザルツブルクで作曲されたニ長調の4手ピアノ・ソナタK.381(123a)とともに、ケッヘルが最初与えた番号よりもかなり早い時期に移されたものである。両曲は、曲想、様式ともに非常によく似ており、K.381(123a)はニ長調であるが、ここでは両曲あわせて見ていきたい。もちろん「ブッファ調」という観点からの検討である。

 「ブッファ」とはイタリアのオペラ・ブッファに発する概念であり、ロンドンへの旅行でクリスティアン・バッハから、さらにその後のイタリア旅行を通して、モーツァルトはその音楽を習得していった、と言われている。初期オペラの序曲や高校曲にその影響は顕著である。ラールセンは「ブッファ交響曲」とも呼んでいる。

 イタリア旅行と交響曲作曲の流れを見ると、この2曲の4手ピアノ・ソナタとの影響関係が見えてきそうである。
 まず1771年の第2回イタリア旅行直後の1772年のK.381(123a)は、「イタリア精神にあふれた楽しい曲である、H・デンナーラインは、これらはむしろ交響曲の四手のための編曲のようなものだといっている」(モーツァルト大全集Ⅲ解説)。
 第1回イタリア旅行中に作曲された交響曲は5曲中4曲がニ長調であったが、それ以降は次第に調性も多彩になっていくのだが、K.381(123a)の4手ソナタはあたかもニ長調がえりをしたかのようだ。1772年の交響曲ではニ長調は1曲しかないが、これはイタリア風ではない。最もイタリア的な3楽章の第17番ト長調K,129などとは曲想は近い。その時期の交響曲は調性の幅も広がり、またウィーンの影響も加わり、メヌエットが追加された4楽章形式により、独自の進化を見せ始めるのでだ。

 2曲目のK.351(186b)と同時期の交響曲といえばすぐに思い浮かぶのは第25番ト短調K.183(173dA)、いわゆる小ト短調や、第29番イ長調K,201(186a)などであり、特に後者はモーツァルトが己の交響曲の基礎をほぼ完成させた曲ともいえるものだ。したがって、交響曲はこの2年間に大きく飛躍したのである。

  ② K.381(123a)とK.358(186c)

 一方、4手のピアノ・ソナタの場合、この2曲の間に交響曲に匹敵するような発展は見られるだろうか。H.Abertは次のように述べている(英語版からの引用)。

 Stylistically speaking, the earliest seems to be the one in D major K.381, as its idea and thematic writing both point closely to Italy. The distribution of these ideas between the two performers is still comparatively primitive and generally goes no further than echo effects or simple accompaniment of the melodic line by one ore the other player. It almost certainly dates from the time of Mozart’s visit to Italy. Far more mature as a piece is the B-flat major sonata K.358, ………to judge by its style, date from around 1774. ………K.358 is distinguished from its predecessor above all by its more skillful exploitation of the nature of four-handed playing, with a number of sections already dialogue-like in character.

 【試訳】
 作曲のスタイルから言えば、最も早いものはニ長調のK.381のように思われる。というのも、楽想や主題書法、それら両者ともにイタリアを指示しているからだ。まだ比較的未熟で、概してエコー効果やどちらかの奏者の奏でるメロディ・ラインへの単純な伴奏、それ以上に出るものはない。それはほぼ間違いなく、モーツァルトのイタリア訪問時のものであろう。変ロ長調のソナタK,358は………そのスタイルから判断すると1774年ころのものであり………K.358はとりわけその4手奏法特性をより技巧豊かに探究している点で、そしてそれによりすでに対話的である箇所が多の多さによって、前作からは際立っているのである。

  どのように際立っているか、実際に耳で確かめたい。まずニ長調、K.381(123a)である。演奏は、クリストフ・エッシェンバッハとユストフ・フランツのもの。

4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調 K.381(123a)  第1楽章
同 第2楽章
同 第3楽章

 次に同じ奏者による、K.358(186c)である。

4手のためのピアノ・ソナタ 変ロ長調 K.358(186c) 第1楽章
同 第2楽章
同 第3楽章

 アーベルトの言うほどの成長が聴きとれるだろうか。

 第1楽章は両曲ともに、主和音と音階を主体とした第1主題で、提示後十数小節で属調に転ずるところも同じであり、非常に快活な楽章である。
 第2楽章はともにイタリア風の感情楽章である。K.358(186c)は、あの弦楽ディベルティメント ニ長調K.136(125a)の第1楽章と同一旋律で開始される。両曲ともに南の国の音楽である。
 第1、第2楽章では、変ロ長調のものが大きく飛躍したとまでは言えないだろうが、第3楽章は、かなりの進化が見られるように思う。そして、これが前作には見られない、モーツァルト独自のブッファ的な音楽なのである。

Part 2に続く

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