モーツァルト器楽曲の「ブッファ調」その4-変ロ長調系統(3)
4.3本の管楽器のためのディベルティメント K.439b(K.Anh.229) 第4番
第4楽章 アダージョ 第5楽章 ロンド
このテーマの冒頭でふれたテレビ番組、孤島のサバイバルのバックに使われたのが、この第5楽章であった。おふざけ気味のエンタティンメントにはぴったりの選曲だったと思う。
■ K.439bの調性について
この曲(第4番)を含む5曲のディベルティメントK.439b(K.Anh.229)は、ジャカン家との演奏のために作られたと言われているが、自筆譜が失われているために、詳しいことは分かっていない。そこで特に問題になるのは調性で、譜面はハ長調表記であるが、最初に出版された譜ではクラリネット2、ファゴット1の三重奏とされ、これをベースに変ロ長調の曲とされた。クラリネットのB♭管での演奏が前提されていたのである。
しかし新全集では譜は同様にハ長調表記だが、最近の研究結果からバセットホルン3本のものらしいとされ、実際にその形で演奏されるようになり、バセットホルンのF管によるヘ長調とされている。
どのような楽器で演奏するかで曲の調性が変わるという、変ではあるが、面白い現象が起きるのである。
■ K.439b(Anh.229)のアダージョとロンド
ここで取り上げるのは、このセットの第4番であり、ブッファ調の旋律が聴かれるのはその第5楽章ロンドである。
第1番から第3番までは、
アレグロ―メヌエットーアダージョーメヌエットーアレグロ
という急緩急の3楽章の間にメヌエットを挟むという楽章構成をとっているのだが、第4番に至って第4楽章のメヌエットをアダージョに変更し、
アレグロ―メヌエットーアダージョーアダージョーアレグロ
としているのである。モーツァルトの他の曲にもほとんど例をみないのだが、2つのアダージョが連続するのである。しかもこの第4楽章のアダージョは、たった16小節の極めて小規模なものであり、どのような意図のもとにあえて入れ替える必要があったのか、その理由もはっきりしない。
ひとつだけその理由を推測する手掛かりがある。それは第2回で取り上げた木管楽器のためのディベルティメント変ロ長調K186(159b)である。その楽章構成は、
アレグロ―メヌエットーアンダンテーアダージョーアレグロ
と楽器構成は異なるが、5楽章編成、2つの緩徐楽章を持のである。最後の2つの楽章はともにアダージョとロンド(アレグロ、アレグレット)で、アダージョは一種の敬虔さを持ち、ロンドはブッファ調の旋律を持つのである。
このように見るとブッファ調のアレグロには、敬虔さを持ったアダージョを組み合わせる「必要」があったのではないか、と思いたくなるのである。そう考えなければ、第1 ~3番までの構成を、無理に連続する緩徐楽章で、しかも極端に短い形で入れ替える理由がわからないのだ。それについては、ブッファ調旋律を持つ曲を聴いていく中で、再度考えてみようと思う。
この曲のアダージョはK.186と同様に、一種の敬虔さ、虚心な慎ましさをしめすもので、決してガードルストーンのいう“夢のアンダンテ”的なものや、牧歌的なものではない。モーツァルトの緩徐楽章でも、ブッファ調のアレグロ楽章との組み合わせの場合に、よく出現する曲想である。
K.186(159b)のロンド(アレグロ)ではそのリフレインの後半の主題で、そしてこの曲のロンド(アレグレット)ではリフレイン全体がブッファ調である。このリフレインは、K.186同様、主和音―属和音反復のきわめて単純なロンドである。こういう音楽はモーツァルト以外の作曲家からは聴くことができないと思う。決して深みのあるものではなく、また短いものであるが、モーツァルトを聴く楽しさここに極まれりという気持ちにさせる。
ディベルティメント K.439b No.4 第5楽章 ロンド
K.186(159b)とこのK.439bは構成や曲想に非常に似たものがあるが、やはり想定されている作曲年代に数年の開きがあるようで、K.439bからはやはりそれなりの「成熟」、音楽的なゆとりのようなものを聴きとることができると思う。
取りあげた演奏はウラッハの主宰するウィーンフィル木管グループの演奏で、クラリネット2、ファゴット1の編成で、変ロ長調である。
バセットホルン3の演奏では、この曲を演奏したいためにトリオを結成した、ザビーネ・マイヤーのトリオ・ディ・クラローネの演奏を愛聴しているが、これは残念ながらまだ著作権が切れていない。なおこれには、CDの解説書としては珍しくよくできた、面白い石井宏氏の解説が掲載されている。
インターネットには、新旧さまざまな編成、および演奏スタイルの実演が公開されていて、非常に楽しい。
バセットホルンのヘ長調によるしっとりと落ち着いた響きの演奏もいいが、私は個人的には、変ロ長調のクラリネットによる明るい演奏が好きである。