モーツァルト器楽曲の「ブッファ調」ーその6‐1

ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450

 初めてこの協奏曲を聴いた時の驚きと感動は、50年以上を経た今でも全く色褪せていない。序奏もなく突然木管から始まる第1主題、それは弦に引きつがれ、あたかも重力にとらわれることもなく階を跳ね上がる。それまでイメージしていた威儀を正して始まる協奏曲とは全く異なるものであった。

 1.第1楽章 アレグロ 変ロ長調

 モーツァルトのピアノ協奏曲については、ガードルストーンの「Mozart and his piano concerutos」とハッチングスの「A Companion to Mozart’s piano concertos」、この2冊ほど、それを聴く喜びを教えてくれる著作はないと思う。彼らがこの協奏曲の冒頭について語ることに耳を傾けよう。まずガードルストーンである。

 これは以前の10曲に一通り耳を通し、またこれに続くものを知らずにこの協奏曲を聴いたならば、まさに冒頭の小節からその独創性に驚かされるだろう。驚きは主題やリズム、和声の独創性によるものでなく、またK.449(第14番)のような調性の不安定さによるものでもない。オーケストレーションの独創性によって驚かされるのである。これまでのモーツァルトのいかなる協奏曲でも、このようなことが生じるものはひとつとしてなかった。

 この管楽器(オーボエ、ファゴット、ホルン各2)によって開始された2小節に、直ちに弦の2小節が応答する。そしてこの4小節は微妙に変更を加えて反復される。あっと言う間の、魔法のような8小節である。ガードルストーンは続ける。

 さらにそれに続く弦の調和のとれた応答を耳にすると、弦と木管のための協奏的セレナーデを聴いていると思うかもしれない。

そして2つの楽器群が繰返し交替しながら続く。この開始部が聴衆のこの印象を強めるのだ。14小節目に両者がフォルテで完全に混合するに至って初めて、この作品の交響的な特性が明らかになるのである。

 このような導入部はモーツァルトにあって確かに全く新しい。そして、それは新しいさに匹敵するほどに魅力的である。2つの楽器群の交誦的な扱いにぎこちなさは全くない。反復も型どおりのものではない。木管の末尾の音符が、最初は2分音符で2回目は全音符と4分音符を持つこと、また弦が最初は第3拍の後に始まるが、2回目は第1拍の後から真面目手いることも見てもらいたい。そして、第14小節における融合がどれほど入念に準備されているかを称賛されたい。冒頭の鋭い対立を経て、木管パートと弦パートの区別は次第に明確でなくなり、フォルテの前の3小節では、木管と弦がそれぞれに独自性を保ちながら、ともに奏でるのだ。

ガードルストーンのパート統合譜はやや見にくいため、第14小節まで新全集版譜を掲載する。

 ガードルストーンは、木管ー弦の対話的オーケストレーションの妙と反復における細部に見られるエラボレーションに焦点を当てている。漠然と聴いているだけでは、その彫琢の跡にさえほとんど気がつかないほど自然である。

 一方ハッチングスは、ガードルストーンが語らなかった、アクセントの絶妙さに言及している。それも含め、冒頭についての論述をみてみよう。

It’s first tune might belong to a serenade for the Haffnerts’ neighbours, or, as it appears on oboe and bassoon, with octave-horns-honking-in-upon-accents, it might have been written for a steam merry-gi-round. Yet even here in the stamp of genius. Tovey has pointed out the witty change of accent at its half-way mark. The stuff that follow is deliciously and quite unusually scored. It has an amused urbanity perhaps not pleasing to those who carry the apostolic succession from C.P.E.Bach through Haydn and Beethoven ; for here is the music of J.C.Bach lifted by subtlety and genius into virtuosity. This is the galant style deliberately and affectionately adopted by an artist who had spoken with the expressiveness of the previous concerto.

【試訳】

 その最初の旋律はハフナー家の人々と隣人たちのためのセレナーデの一部とも、あるいは、最初にオーボエとバスーンがアクセント音に重なるホルンの強調音をともなって出現するために、それは蒸気式回転木馬のために書かれたものか、と思わせる。そかしながらここには天才の刻印がある。トーヴィは前半の終わる辞典での、ウィットたっぷりなアクセントの変化を指摘している。それに続く音楽は、愉悦にあふれた、そして通例とは全く異なった書き方がされている。それは喜びに満ちた洗練さがあるが、おそらくそれはC.E.バッハからハイドン、そしてベートーヴェンを経由する使徒継承観を持った人々には面白くないことであろう。というのも、ここにあるのは、インスピレーションと天才によって、J.C.バッハの音楽を名人技[ヴァーチュオーシティ]にまで高めたものだからだ。これは一つ前の協奏曲[No.14]で表情豊かに語りきった芸術家によって、巧妙に、かつ思い入れとともに使われたギャラント・スタイルなのである。

 ハッチングスで面白いのは、トーヴィを引きつつ冒頭主題途中での“witty”なアクセント変更の指摘、またこの主題の性格として「蒸気式回転木馬」のために作られた曲のようだと言っていること、この2点である。

 “witty”はアクセント変更は、木管による第 1小節とそれを受けた第3小節を比較すればよい。実は、アクセント変更といっても、基本の強拍-弱拍関係には変更はないのである。第1小節では第1、第3拍の下属音が半音上げられて不安定化し、それに上行音が続くことでアクセントの重心は後ろにズレる。一方弦の受けた第3小節は、第1、第3拍に下行音が続くことで前方にあるアクセントがより強調される。これが“witty”なアクセント変更の仕掛けである。実に巧妙でありながら、何の不自然さもない。

 そしてこれが「蒸気式回転木馬」のために作られた曲という連想につながる。蒸気式回転木馬は、バルブを開いてパイプの共鳴音で音楽を奏でるのだが、バルブを開くー音が出る、この間に一泊のズレがあるのだ。これがこの曲の冒頭の木管と似ているからだろう。

 この主題こそ、まさにブッファ調である。変ロ長調の交響曲K.319 (第33番)第1楽章でも、アーベルトは「遊園地」というイメージを語っているが、これら遊園地や回転木馬のメタファは、ブッファ調の楽曲の楽しさ、喜びを端的に表していると言えるだろう。そしてこのような旋律は、モーツァルト以外の音楽にめったに聴くことができないものである。

 ブッファ調というテーマからは、提示部(第1、第2とも)の第1主題に尽きるのだが、本協奏曲が元来モーツァルト自身の独奏を想定しているため、他のピアノ協奏曲、特に成熟期以降に作曲されたものには見られない特徴が、ピアノ独奏部とオーケストラとの関係にあらわれている。ハッチングスがその特徴を簡潔に語っている。

The band has two function. (a) to support and provide retornelli for the most virtuosic of Mozart’s solo part, and (b) to make gnomic decoration. So slight is the accompaniment, so few the places of interplay, that at first examination of the score one would suppose that the band need to be present only for retornelli.

【試訳】

 この楽章でオーケストラは2つの役割を担う。

(a)極めてヴァーチュオーソ的なモーツァルトの独奏パートを支えるリトルネッロを提供する。

(b)妖精ノームが地面から顔をだすように時折の装飾を行う。

 伴奏が少なく、インタープレイを行なうところもほとんどないため、初めてスコアを見た時には、オーケストラはリトルネッロを提供するためだけに存在するか、と思うだろう。

 “gnomic decoration”には最初迷ってしまったが、どうやら英国の妖精ノーム、普段は地中に暮らしているが時折地面から顔を出す、例えばこんな風に。この様子にオーケストラを喩えているらしい。譜例の赤枠が地面から出したノームの頭である。

 経過部、展開部など、独奏ピアノの独壇場である。したがってハッチングスは「もう一つ前の協奏曲[第14番 変ホ長調 K.449]が、オーケストラを開放したとすれば、この協奏曲はそれを(補助的役割に)鎖留めしたとでも言っておけばいいだろう」と結論づけるのである。

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