モーツァルト器楽曲の「ブッファ調」ーその5‐3

(3)交響曲第33番変ロ長調K.319

 この節の目的は、第4楽章のアレグロ・アッサイと第2楽章のアンダンテ・モデラートの、すなわち変ロ長調器楽曲に特有の、ブッファ調アレグロと一種の敬虔さをを見せる緩徐楽章の取り合わせの様相をみることである。

 この交響曲は、ザルツブルグで作曲された最後の交響曲3曲のうちの1曲であり、元来はメヌエットのない3楽章構成のものである。メヌエットは後にウィーンで追加挿入されたもので、完成度も高く元の3楽章に対して違和感もないものだが、ここでは当初モーツァルトが何を構想したかを見極めるため、オリジナルの3楽章についてのみ検討していきたい。なお上記の目的のために、第1楽章、第4楽章、第2楽章の順に見ていくことになる。

 ①第1楽章について

 “変ロ長調器楽曲のブッファ調”という観点からは、第4楽章および第2楽章が主眼となるのだが、この交響曲の場合、第1楽章が何かと話題にのぼることが多く、これについて少々見てみおこうと思う。その時必ず語られるのが、これがモーツァルトの「田園交響曲」であるということである。その種を蒔いたのがサン・フォアだ。英語版からだが引用しよう。

  Some months later, at the beginning of July 1779, Mozart in the symphony in B flat; draws for us a delightful picture of a beautiful summer’s day;

we could almost describe it as his ‘pastral’ symphony. It is full of gust, joy, dancing, not unmixed with a certain ecstasy (in the first movement) , expressed by numerous and insistent chromaticism.

 【試訳】
 その(No.32, K.318作曲の)数か月後、1779年の7月の初めに、モーツァルトは変ロ長調の交響曲 (K.319) で美しい夏の日の喜びにみちた一枚の絵を描き出してくれる。私たちはこれを彼の’田園’交響曲と呼ぶことさえできよう。それは活気、歓喜、舞踏に満ちており(第1楽章では)休みない無数の半音階によって表される一種の感覚的な陶酔が混じていなくもない。

             George de Saint-Foix ”The Symphonies of Mozart”   English translation

 確かに軽快な音楽であるが、それは絶え間ないスタカート、ガードルストーンのいう「羽ばたく2度」、トリルや3連符たちが、時折息の短いレガートをはさんで飛び跳ねている純粋に音楽的なものであり、特に標題音楽的な聴き方をする必要はないと思う。
 ラールセンは次のように述べる。

Like so many first movementin 3/4, this one, too, is preponderately rhythmic in quality; an unbroken pulsing dynamism; with a flowing quaver movement as basic rhythm. sometime alone, sometime interplaying with themes and motives of stronger substances, but when they are absent one feels that they are only suspended, not completely dropped.

 【試訳】

 多くの4分の3拍子の第1楽章の例にもれず、この楽章もまた、その音楽は極めてリズミックである。すなわちそれは、、あふれ出る8分音符の動きを基本のリズムとし、時に単独で、時にはより強い性格の主題やモチーフともインタープレイを行う、乱れることもなく脈うつダイナミズムである。これらの主題やモチーフは繰り返し繰り返し戻ってくるのだが、それが出現していない時でも、聴く者はそれがただ休んでいるだけで、消えてしまったのではないと感じるのだ。

               Jens Peter Larsen “the Symphonies” English translation from MOZART COMPNION

 また、展開部で現れる、いわゆる“ジュピター音型”、あるいは“クレド主題”も、レガートな流れになり切れず、トリルがまとわりつき、3連符の連打のなかに消えてしまうのである。

 これは決して“開けっぴろげ”なだけの「田園交響曲」ではない。高橋英郎氏の

 モーツァルトの『田園交響曲』と呼ばれる『第33番』K.319は第1楽章で弦の2つのトリラ―に続いて、このジュピター音型が何度も反復されるが、その度に皮肉なトリラ―はふえ、ファゴットからコントラバスにいたるまで皮肉に笑う。青春のジュピター音型は、ザルツブルクのまばゆい夏の日のもと、それら皮肉な笑いのなかに傷ついて去っていったのだ。

      高橋英郎 『モーツァルト』  講談社新書

と聴きとる感性は、主観的なものだが、するどいと思う。

 この交響曲の第1楽章を一言でいえば、“音の流れと戯れ”というともすれば相反しがちになる要素の統合体なのだ。

 ②第4楽章について

 その流れは、緩徐楽章でいったん静まった後、第4楽章アレグロ・アッサイで再び思い出したように噴出する。メヌエットがなかったオリジナル版では、この感はさらに強かっただろう。

 3連符と付点付きのリズムで躍動する第1主題を提示し終わると、突然、旋律は高く舞い上がる。一瞬ト短調に翳るものの、まさに典型的なブッファ旋律である。

第4楽章第1主題提示後の経過部主題

 アインシュタインはこの第4楽章について次のように述べる、

 フィナーレにおいては、ブッファ的なもの、牧歌的なものの新しい結合――すなわち精神による統一――が支配する。

          アルフレート・アインシュタイン著『モーツァルト―その人と作品』浅井真男訳

と一言述べるだけだが、「精神による統一」とは何だろう? ドイツ語版に先立って出版された英語版で、この箇所を見ると、

the Finale represents a new combination of buffa elements with those of the march and the pastrale, united by a personal power of imagination.

   【試訳】

 フィナーレは、彼のイマジネーションの力でブッファの要素を、行進曲と牧歌的な要素と統合してみせるのである。

       Alfred Einstein “Mozaart his character-his work”  Englis traanslation

アインシュタインの言いたいことは、このフィナーレがモーツァルトのイマジネーションによって、行進曲や牧歌といった必ずしも親和性の高くない諸要素をブッファ的な処理で統合しているのだ、ということだと思う。すなわちこれはインスピレーションということを言っているのである。「精神による統一」では何のことか分からない。

 またラールセンは

In the finale, when Mozart gives free rein to his humour, the main feature is again its rhythm, basically the movement is a stylized gigue. The principal subject may suggest Beethoven’s Eighth Symphony, but the two other prominent themes, the naively clever second subject and the closing themes first introduced by woodwind alone are so stamped with the buffa spirit ………… in due course, with a unison passage we reach the recapitulation which again return to the previous buffo effect.

  【試訳】

 フィナーレはモーツァルトが己の気質を解き放つっており、その主たる特性は再びリズムである。そしてそれは基本的には様式化されたジーグである。主要主題はベートーヴェンの第8交響曲を思わせようが、その他の2つの主題、無邪気で溌剌たる第2主題、最初は木管だけで導入されるブッファ精神に踊り跳ねるクロージング主題…………当然、再現部ではまた以前のブッファ効果へと連れ戻される。

と、提示部を、また特に木管の提示するクロージング主題を特にブッファ的であると聴きとっている。変ロ長調のブッファ調器楽曲では木管が大きな役割を果たすのだ。

第4楽章提示部クロージング主題

 このように、この交響曲のフィナーレはまさに変ロ長調のブッファ調、その典型的なものである。アーベルトが

The final movement gives unbridled expression to a very real sense of delight in existence, the main vehicle of this delight being an effervescent and fiery triplet motif that darts through the whole of orchestra, appearing now as the main idea, now as a mere accompaniment. The movement as a shole resembles nothing so much as a delightfully animated funfair attended by the most varied types, from nobility to commoners.

   【試訳】

 最終楽章は真の生きる喜びの感覚が手ばなしに表現されている。この歓喜を運ぶのは、みちあふれる燃えるような3連符のモチーフで、全オーケストラを貫き、今やそれはメインの楽想となり、また時には伴奏にまわる。楽章は全体としてみれば、歓喜と活気にみちた遊園地に他ならないように思えてくる。そこでは貴族から庶民まで様々な人々が楽しんでいるのだ。

               Herman Abert “W.A.Mozart”  English translation

と記すのは、読むだけでも楽しくなってくる。時折ブッファ調器楽曲で、評者の抱く「遊園地」のメタファは覚えておいていいだろう。

 ③第2楽章について

 では変ロ長調のブッファ調器楽曲として、この交響曲の緩徐楽章はどのような特性を示しているだろうか。

 まず、この楽章につけられた速度記号、Andante moderato について考えてみよう。アインシュタインはこの楽章についてはこの一言を述べているだけである。

 アンダンテ・モデラート――特色のある速度標――には或る新しい親しみが支配している。

アルフレート・アインシュタイン著『モーツァルト―その人と作品』浅井真男訳  イタリックは原著では傍点

使用される頻度が少ないのはわかるが、「特色ある速度標」とは一体どのような特色のことを言っているのだろうか。やはりここでも英語版を参照してみよう。

The Andante moderato ( the moderato is a significant addition ) is filled with a new intimacy of feeling.

  【試訳】

 アンダンテ・モデラート(“モデラート”は重要な追記である)は、うって変わって感覚的な心地よさに満ちている。

 おそらくモデラートと追記された真意は、「アッサイ」である両端楽章のリズムを主体とした躍動との差異を、そして通常のアンダンテでは捉えきれない何ものかが表現されているということを強調するためのものに違いない。

 では、そのモデラート追記が意味する音楽的特性は何なのだろうか。私はこれこそ変ロ長調ブッファ調器楽曲に特有な、必然的に変ホ長調となる緩徐楽章が示す一種の敬虔さ、瞑想性などといったものだろうと思う。ラールセンはこのアンダンテ・モデラートについて、

We are brought closer to the sentimentality of the time, and the total effect is far from the worldly elegance of the ‘ Paris ‘ Symphony.

  【試訳】

 我々はその時代の感性へと導かれ、そしてその響きは“パリ”交響曲の世俗的な優雅さとは全く違ったものである。

 これはこの緩徐楽章の音楽的特性を看破した唯一の評言だろうと思う。ラールセンの耳はするどい。「世俗的なエレガンス」とは異なったこのような敬虔さ、天上的な眼差しをもつ音楽は、この時期のモーツァルトでは、変ロ長調のピアノ・ソナタK.333の第2楽章だけだろう。

アンダンテ・モデラート第1主題

 交響曲では使われることの少ない変ロ長調の、しかも最後の使用例がこの第33番K.319の交響曲であるが、まさに、変ロ長調ブッファ調器楽曲の特性を典型的に示しているものといえるだろう。

 録音は、カール・ベーム、ベルリン・フィルの,ものである。オリジナルな形で、第3楽章メヌエットは省く。

モーツァルト:交響曲第33番変ロ長調K.319 第1楽章 アレグロ・アッサイ

   同   第2楽章 アンダンテ・モデラート

   同   第4楽章 アレグロ・アッサイ

 この曲の演奏ではLP時代に、カレル・アンチェル指揮チェコ・フィルハーモニーの演奏を愛聴していた。今でも一番の演奏だった思っているが、先年発売されたアンチェル=チェコ・フィル録音集成のCD集からは抜け落ちている。現在聴くことができないのが残念である。

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