冬の庭、春へ

■ 日本水仙

日本の花シリーズ1月 水仙

 調べてみたら1961年とのこと、もう60年以上も前のことになる。『日本の花』シリーズという記念切手が発行されたのだが、その最初、一月の花が水仙だった。当時小学生だった私が初めて買った記念切手がこれだった。子供たちの間では、切手収集がブームになっていたのだ。水仙というと、一月の非常に寒い時季という固定観念になっていたのも、この記念切手の記憶からかも知れない。

 今年は暖冬であはあったが、水仙がとてもきれいだった。私の庭のものは、あの記念切手に描かれた通りの、白い花びらに黄色いカップの日本水仙である。水仙にもいろいろあるようだが、私はこの日本水仙が一番好きだ。

 2月1日に満開だったが、2月5日の大雪で倒れてしまったが、その後頑張って起き上がってきたようだ。

日本水仙 2月1日

■ 西洋水仙

 日本水仙の一群から離れたところに、数年前、突然黄色い水仙が花を咲かせた。昔の住人が植えて長年休眠していたのだろうか、不明である。

西洋水仙 3月18日


 西洋水仙、これは俗称で、正式な水仙としての名称もあるらしいのだが、私にはどうしても水仙の仲間に見えない。日本水仙よりもひと月半ほど遅咲きで、ちょうど今が満開である。
 日本水仙は厳寒のとき、西洋水仙は春の先触れのようだ。

 恥ずかしいことだが、はっと気づいたことがある。
 ワーズワースの『水仙』、ブラザーズ・フォアの『七つの水仙』、これらに歌われいる水仙は、西洋水仙なのだ。ワーズワースの “A host of golden daffocdils”、ブラザーズ・フォアの “Oh, seven golden daffodils”、黄色の水仙が一面群れ咲く様が「黄金」なのだろう。前者の孤独な老人、後者の清貧の若人、彼らの心の宝としての水仙を “gold” とも言っているのだ。
 私はうっかり、これを日本水仙のイメージでとらえていた。二つの詩をちゃんと読めば、明らかに暖気の春である。あの記念切手による思い込みの失敗である。

 日本水仙から西洋水仙へ、冬の庭での春の手引き役である。

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