モーツァルト ピアノ・オーボエ・クラリネット・ホルンおよびファゴットによる五重奏曲 変ホ長調 K.452 その2

 アーベルトはこの曲の第1楽章「序奏」について、次のように述べている(英訳による)。

……begins with a slow introduction, but it is one of such dimension that it is easy to forget it is an introduction. Even this particular section reveals all the characteristic features of this kind of chamber music : a strictly concentrate style, often written with the narrowest confines, and a highly ingenious handling of brief motifs. It is to this interplay between motifs that we owe the remarkable tension that typifies this beautiful movement. In contrast to the string quartets, the harmonic writing both here ant in other works in this group is extremely simple and translucent, being limited here to the tonic and dominant.

 【試訳】
 ……ゆるやかな序奏で開始されるが、これが序奏であることをつい忘れてしまうほどだ。この序奏という特定の箇所を聴くだけで、この種の室内楽の特性が明らかにされるのだ。すなわち極めて狭い制約のもとでの書法、ならびに高度に創意工夫に富んだ短いモチーフの処理、ということである。我々が抱く、この美しい楽章を特色づける注目すべき緊張感は、このモチーフがインタープレイすることに起因するのである。弦楽四重奏曲とは対照的であるが、この曲ならびにこのグループの他の作品の和声は、極めて簡潔で澄みきっている。この序奏では、それは主和音と属和音だけに限定されているのである。

 一般的に序奏はその楽章のエッセンスであることが多いと言われるが、このアーベルトの言及からも、この曲の特性をこの序奏に見ることは、あながち間違いではないだろう。ただし、たった20小節ではあるが、楽器組み合わせパターンは、小節単位では駄目だ。1小節の中で交替が起こっている。拍単位で見なければならない。
 わかりやすく図式を用いて組み合わせパターンを見るために、次の図式化ルールを決めた。

この形で序奏20小節を図示したものが、次の図である。

 この組み合わせパターン図を見てわかるのは、この序奏がいかに細心の配慮をもって作り上げられているか、ということである。2拍、長くても4拍ごとに目まぐるしく楽器の組み合わせが交替していく。さらに計12小節が、モチーフや小断片の楽器から楽器への受け渡しフレーズに費やされている。非常に印象的な、絶妙の序奏である。

 では最初に見た、あり得る楽器パターンのどれだけのものが、この20小節という短い序奏の中で使われているのだろうか。結果論的なものもあろうが、具体的に見てみよう。

 序奏20小節で使われている楽器組み合わせは23パターン、あり得るすべての組み合わせの約1割である。最も高い割合で使用されているのは五重奏のパターンで、旋律と伴奏の楽器の組み合わせが多彩であるのが注目される。また、二重奏のピアノ左手とファゴットの伴奏なしでの旋律ユニゾンなど、意図的にこの組み合わせを選択したと思える組み合わせである。
 構成楽器の独立性――あらゆる楽器が主旋律を担っている――楽器のネットワーク―ひとつの楽器があらゆるパターンで他楽器と結びつく――、すなわちまさにコンポジットを形成しているのである。

 ここでは序奏のみを見てみたが、楽章全体、さらには曲全体をみれば、提示部、展開部、あるいはリフレインやクプレなどで、この楽器組み合わせパターンの仕方に差がありそうである(あくまで推測)。モーツァルトのコンポジット構成の狙いが、さらによく見えるかも知れない。