モーツァルト ピアノ・オーボエ・クラリネット・ホルンおよびファゴットによる五重奏曲 変ホ長調 K.452 その1

 よく知られているように、この曲はモーツァルト自身がそれまでに書いたものの中で最高傑作と自賛する作品である。管楽器の役割を革新的に拡張したピアノ協奏曲第15番K.450、同じく第16番K.451、そしてこの曲、次いで第17番K.453と、一連の傑作にはさまれている作品である。
 素直な耳で聴けば、この曲の素晴らしさはすぐに納得できるのだが、これが最高傑作である所以は何だろうか。

 ガードルストーンは、この曲の〈本質〉を〈composit〉という一言で言い切っている。最近、組織論でもよく使われる“コンポジット”は有機的構成体(構造体ではない)と訳すべきもので、個々の独立し自律的に動く構成員が相互にネットワークで連結された有機体、生命体である。ハイアラーキーの対概念とも言えるものだ。この五重奏曲K.452は、個々5つの楽器が、他の楽器と対等に、有機的に結びつ合って全体を作り上げる、そのようなコンポジットなのである。
 したがって、この曲の通称「ピアノと管楽器のための五重奏曲」は、必ずしも曲の本質を言い表しているとは言い難いだろう。確かにピアノは中心的存在の感はあるが、他の“管楽器”に対して支配的、ハイアラキカルに振る舞いはしない。少々面倒ではあるが、ピアノ・オーボエ・クラリネット・ホルン・ファゴットによる五重奏曲と呼ぶべきである。

 では、各々の楽器が他と対等に結びつくとはどういうことなのか、一体、どのような結びつき方、すなわち、どのような楽器の組み合わせがあり得るのだろうか。組み合わせの数をみてみよう。

すなわち、1+5+10+5+1=22種類の楽器の組み合わせがあり得るのだ。ただし、これは主旋律を担う楽器(1楽器あるいは複数)と伴奏を担うものとの区別を加味しない数字である。ではその両者の区別を加味したら、どれだけの数になるのだろうか。具体的な楽器の組み合わせと、旋律、伴奏の役割分担パターンを見てみよう。

 したがって、主旋律を担う楽器(1楽器あるいは複数)と伴奏楽器(1楽器あるいは複数)を区別した上でのすべての組み合わせは、

   1(全体休止)+10(独奏)+40(二重奏)+80(三重奏)
    +80(四重奏)+32(総奏)
    =243パターン

である。これはあくまでも“可能性としてあり得るもの”としてのパターンである。常識的には考えらないパターンも含まれているだろう。また、作曲家は、旋律に先立って組み合わせパターンがあるというのではないだろう。まず旋律に1つあるいは複数の楽器を割り当て、それに伴奏をつけるという形をとることが多いはずである。したがって、この組み合わせパターンというのは、作曲という作業にともなった結果論である部分も大きいだろう。

 しかしこの五重奏曲K.452においては、それが結果論であっても、この組み合わせの多様性が極めて重要なのである。すなわち楽器の組み合わせが“音色の多様性”を生み出しているからである。同じ五重奏曲であっても、弦楽五重奏曲の場合は、音色の多様性ではなく、和声の豊かさにつながるのだろう。

 ということで、この五重奏曲で実際に、組み合わせパターンがどのように活用され、どのようなコンポジットを実現しているのだろうか、それを見てみたい。曲全体あるいは楽章全体をみるのは、少々大変すぎる。第1楽章の序奏、これはたった20小節であり、しかも序奏はその曲、楽章のエッセンスであるとよく言われることを頼りに、この限定して見てみよう。