古澤巌のモーツァルト三重奏

 今のIt’s comがまだ東急ケーブル・テレビジョンだった頃である。その小ホールでモーツァルトのピアノ三重奏の演奏会があるという。ピアノは小林道夫さん、もうたまらない。当時、モーツァルトのピアノ三重奏を生で聴ける機会はほとんどなかったし、録音もあまりない。しかも「小林道夫のモーツァルト・ピアノ三重奏」である。その日がなんと待ち遠しかったことか。

 演奏が始まって驚いた。今まで聴いたモーツァルト・ピアノ三重奏とは全く違う。ずぶといヴァイオリンが朗々と歌う。ピアノとチェロ伴奏付きのヴァイオリン三重奏曲と聴こえた。小林道夫さんのピアノは控えめだ。

 一体フルサワイワオって誰だ? 翌日音楽に詳しい先輩に尋ねた。知らないの? 有名じゃないか。申し訳ありません。

 早速当時1枚だけ出ていた『マドリガーレ』のCDを買ってきた。すばらしい演奏だ。表題の「マドリガーレ」にうっとりし、モンティの「チャルダッシュ」には興奮した。後者は今でも時々他のヴァイオリニストで聴くことがあるが、古澤巌のものに勝るものを聴いたことがない。これはただ事ではない。古澤巌後援会に入会した。その後次々に発売されるCDもすべて買い求めた。演奏会もすべて出かけた。軽度の「追っかけ」である。葉加瀬太郎らとの共演では踊りながら演奏するという、とんでもないものを聴く、いや見ることができた。クラシックのヴァイオリン音楽の楽しみを拡張しよとしていると感じたものだ。ステファン・グラッペリとのデュオCDにも驚かされた。

 仕事が多忙になり、演奏会も切符を無駄にしてしまう時期が来てしまった。次第に当初の熱も沈静化してきたが、古澤巌の名を聞くと、心躍る思いをしたものである。

 今最初の演奏会を思い出して、いろいろなことを考える。チェロとピアノの伴奏付きヴァイオリン・ソナタと聴いたのは、歴史的に考えると、ピアノがうるさくなる前の、チェンバロとヴィオラダ・ガンバなどによる通奏低音付きヴァイオリン・ソナタの方により傾いた演奏だったと言えるかも知れない。その一方、あれはやはり小林道夫さんの伴奏者としての力量がひそかに全体を支配していたのではなかったか。録音が残されていればぜひ、もう一度聴いていろいろなことを確認したいものである。

 表題の「古澤巌のモーツァルト三重奏」、こう書くとモーツァルト好きなら、これはK.563のディベルティメントだと思うだろう。私も聴いてみたい。ぜひ録音もしてほしい。聴いたことのないK.563を聴けるのではないか。楽しみである。

 先日古澤巌を特集したテレビ番組があり、ノマドの人々を訪れジプシー音楽を共に奏していた。古澤巌もうまいが、ノマドのヴァイオリン弾きもすごいものだ。「チャルダッシュ」はますます本場もののチャルダッシュになっていくのだろう。最近弓はチェロの弓を使っているのだそうだ。随分弓の上の方を持つ人だと思っていたが、チェロの弓だったのである。古澤トーンはますます「ずぶとさ」を極めていくのだろう。

 ところで昨年度のNHKテレビ『旅するイタリア語』のキャストは古澤巌だった。音楽家はイタリア語くらいペラペラなのだろうと思っていた。しかし彼のイタリア語はたどたどしく、懸命に生徒をやっている。そうか、イタリア語堪能は声楽家なのだ。彼の奏でる音楽以上に人柄が出ているようで、見ていて楽しい。意外に照れ屋なのだ。今年度は部分的に昨年度の古澤シーンが再放送されている。 古澤イタリア語に触発されて、私もイタリア語の勉強を始たのだが、この年では覚える以上に忘れる方が速く、はなかなか進歩しない。

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