マイケル・レビンの思い出

 初めて買ったレコードがたまたまマイケル・レビンの演奏したものだった。小学校の授業で聴いたチゴイネル・ワイゼンに大興奮し、親にねだって買ってもらったものである。45回転のEP盤だった。若い人は知らないかも知れないが、いわゆる「ドーナツ盤」と言われたもので、流行歌などはA面、B面それぞれ1曲収録されているものである。レビンのチゴイネル・ワイゼンもA面が前半、後半がB面に収録されていたと思う。機器もステレオなどと言えるような立派なものではなく、蓄音機レベルのものであった。
 このような貧しい音で聴いたにもかかわらず、このレビンの演奏がすごかった。これが当たり前の標準演奏だと耳が覚えてしまったのだろう、後にハイフェッツのものなど聴くと、どうもレビンよりも「下手」に聴こえるのだ。特に後半のピチカートなどは較べものにならないような気がしたものである。オーケストラはスラットキン指揮、録音用寄せ集めのハリウッド・ボウル管弦楽団、こういう曲は実にうまいものである。

サラサーテ チゴイネル・ワイゼン マイケル・レビン(vn)

 しかしながら演奏についての感動の記憶というのは、次第に美化されていくものではある。レビンの演奏も本当にそこまですごかったのか、自信がなくなる。ぜひとも再確認したいと思っていたが、なかなかレコードがない。やっと廉価版でヴァイオリン名曲集として発売されたが、それはやはりすごかった。『無窮動』や『くまんばち』、『序奏とロンド・カプリチオーソ』など、曲はつまらないが、そのテクニックには驚かされる。しかし確かに超絶技巧ではあるが、こちらの音楽耳も進化していたようで、感動的というのとはちょっと違う。そのかわりに心動かされたのはマスネ―の『タイスの瞑想曲』である。レコードの解説がまたよかった。手元にそれがないので記憶であるが、これは一人で聴くにはもったいない演奏である、ぜひ恋人と二人で聴いてほしい、といった趣旨の解説だったと思う。残念ながら私は一人でしか聴いたことがないが……。

マスネータイスの瞑想曲 マイケル・レビン(vn)

 その後CDが発売され、それも買ってみたが、昔の感動はもう戻ってはこない、音も次第に悪くなっているように思えた。解説もかわっていた。

 昨年末にストラディバリウスの音を当てるというテレビ番組があった。女性ヴァイオリニストが、とんでもなく下手なタイスを弾くのを聴いた。いくら娯楽番組だからと言っても、日本人の音楽耳を堕落させないでほしいものである。レビンの演奏が懐かしくなり、探し出して耳の浄化をはかった。やはりレビンのヴァイオリンはいいと思いなおした。

 マイケル・レビンは、1972年に交通事故で亡くなってしまう。
 アメリカの若い音楽家はよく交通事故で亡くなったものだ。天才ほど事故にあっていた。ジャズでも、クリフォード・ブラウンやスコット・ラファロなどが交通事故での若死にである。ほんとうに惜しいと思う。

 最近レビンの演奏をまとめたボックス・セットが何種類か発売されている。パガニーニ、チャイコフスキー等々。私は名曲集のCDだけで十分である。

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