萩原葉子『父・萩原朔太郎』 その1

1. 少女のまなざし

 父親を描き出す娘のまなざしは優しくも残酷である。身も心も崩壊寸前だった晩年の詩人の姿は衝撃的なものであった。下手な字ながら上機嫌で「広瀬川白く流れたり」と色紙をしたためる姿。日本的なものへの回帰というだけでは説明できない晩年の文語詩への傾斜、これは崩壊していきつつあったこの天才詩人の身心にとっては安定剤のようなものだったのだろう、とさえ感じたものである。

 初めて読んだ筑摩版の『父・萩原朔太郎』の「はじめに」で著者は、冒頭の「晩酌」と「父と手品」について「学校時代から作文はあまり巧くなかったし、何の勉強もしていない云々」と、その文章の巧拙に対する忸怩たる気持ちを表明していた。おそらくはその思いが強かったのだろうが、後年中央公論から改訂版が出された。何気なく買った中公文庫であったが、読後感が初読の時とは微妙に違うのだ。両者を比較して気づいたのだが、極めて多くの箇所で文章の改訂が行われていたのだ。

 もっとも大きな変更は本書冒頭である。その部分を引くと、

 小田急沿線に家を建てて住むようになってからも、父はあまり家で晩酌することはなかった。
 が、幾日も書きものが続くようなときは、たいてい家で続けて飲むことが多かった。
 こんなときは、二回の書斎から神経質に何かを考え続けたままの顔で、降りてくると祖母に「おっかさん、酒の支度してくれ」という。祖母はさっきから「今日は家で飲めばいいがねえ」と気をもんで、父の階下へ降りて来るのを待ちかまえていたので、「そうかい」と機嫌よく大急ぎで用意を始めるのだった。
 父は、すぐに茶の間の火鉢と茶箪笥に囲まれた自分の場所に、きちんと膝を揃えて、朝日をすいながら坐って待つのだが、とてもせっかちなので、言い出してからまだ三分とたたないのに「お燗まだかね」と着物の衿をかき合わせたりして、もどかしそうに幾度も催促するのである。庭には太い梧桐や、よく咲く白梅や、沈丁花、あじさいなどをたくさん植えてあり、軒先の藤棚は年毎に満開になって、お酒のときは、父はこの藤を見て楽しんでいた。
 なぜか私は、父の晩酌にはいつも、暮れかかった庭い、藤が咲いていたような気がしてならない。

 筑摩版の冒頭の特色を一言で言えば、文章の幼さであろう。少女の見たまま、感じたままを、すべての情報を詰め込んで順々に記していく、文章としては子供の文章、稚拙なものである。

 この冒頭が、中公版では次のように改訂されていたのである。

 父は二階の書斎から神経質に何かを考え続けたままの顔で、降りてくると祖母に「おっかさん、酒の支度をしてくれ」という。祖母はさっきから「今日は家で飲めばいいがねえ」と気をもんで、階下へ降りてくるのを待ちかまえていたので、「そうかい」と機嫌よく大急ぎで用意をはじめるのだった。父はめったに家で晩酌することがなかったのである。
 茶の間の火鉢と茶箪笥に囲まれた自分の場所に、きちんと膝をそろえ、敷島を喫いながら坐って待つのだが、とてもせっかちなので、いい出してからまだ三分とたたないのに「お燗まだかね」と着物の衿をかき合わせたり、もどかしそうに幾度も催促するのである。庭には太い梧桐や、よく咲く白梅や、沈丁花、あじさいなどが植えてあり、軒先の藤棚は年ごとに満開になって、お酒の時は、父はこの藤を見て楽しんだ。
 なぜか私は、父の晩酌にはいつも、暮れかかった庭に、藤が咲いていたような気がしてならない。書きものがたまっている時は飲みに出掛けないこともあった。

 これはすでに子供の文章ではない。れっきとした文章家のものとなっている。冒頭の不要な情報を削除し、「めったに家で晩酌しないこと」は祖母の言動の、「書きものがたまっている時に出かけないこと」は父親が晩酌時に庭の藤を見て楽しんでいることの説明に巧妙にうつされている。

 これで何が起こったか? 
 最初の版は、幼い少女の目に映るものを少女がそのまま文章にしていると感じさせるのであるが、改訂版は、幼い少女の感じたものを後年の著者の目を通して著者が記しているという変化が起きてしまうのである。
 冒頭の文体の変更は、著者が考えている以上に大きな効果を与えてしまうものだと思う。作品全体を読む読者の視角はここで決定されてしまう。これが、中公版での読後感の変化につながっていると思う。少女の父親を見る目の「優しさと残酷」は時に著者の「憎悪と憐憫」の色を帯びると感じることさえある。

 ではどちらがいいか。正しいかではない。私の好みは、筑摩版である。初版出版時に冒頭の稚拙さ、子供っぽさを室生犀星、山岸外史、三好達治といった文章の達人たちは、なぜ書き改めるよう忠告しなかったか? おそらく少女が語る文章であることの大切さを感じていたのではないだろうか。私の想像である。

 著者は中公版を「定本」とすることを表明しているが、私にとっての定本は筑摩版である。

その2に続く

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