ウィンナ・シュランメルン その3

3.Viva Biedermeier Ensemble Wien !

第Ⅰ集 南国のバラ

 80年代に入って盛んになってきたシュランメル・スタイルの演奏は、その後半に大輪の花を咲かせることになった。ビーダーマイヤー・アンサンブル・ウィーンの登場である。ヘルムート・ブッフラー(第1ヴァイオリン)、ベルンハルト・ビーバラオアー(第2ヴァイオリン)、エドアルド・グドラック(ビオラ)、ミラン・ザガット(コントラバス)のウィーン・フィル・メンバーによる編成で、企画・録音は日本コロンビア、DENONである。88年の第Ⅰ集『南国のバラ』に始まり、第Ⅱ集『わが人生は愛と喜び』、第Ⅲ集『宮廷舞踏会』と続き、最後の第Ⅳ集、95年の『春の花盛り』までのCD4枚、計60曲である。
 すべてすばらしい演奏であるが、中でも第Ⅱ集『わが人生は愛と喜び』は、発売以来今日まで30年以上にわたって、私の最愛のCDの1枚であり続けている。

第Ⅱ集 わが人生は愛と喜び


 数曲だけだが触れてみよう。冒頭の「マリアのワルツ」、同編成であるキュッヘルのリング・アンサンブルのものと較べて、どうしてこれほどまでに違いがあるのだろうか。印象批評風に言えば、ゆったり感、おおらかさ、私流には「頭空っぽ効果」、これらが雲泥の差なのである。ヨゼフ・シュトラウスの「わが人生は愛と喜び」、シュランメル・スタイルでの演奏であまり取り上げられない曲だが、私はこのスタイルが最もよく似合う曲だと思う。この演奏のすばらしさは言葉では表現できないくらいである。「アンネン・ポルカ」、平凡な曲に思えるものの、このグループの演奏を支えている超絶的な技巧をそれと感じさせることなく聴くことができる。他では絶対に聴けない演奏である。

第Ⅲ集 宮廷舞踏会

 しかしながら「言葉では表現できない」では印象批評に堕してしまう。どうにか言い表せないだろうかと考えていたが、空っぽの頭ではなかなかうまく行かない。しかしながら、最近こういうことではないかと考えているのが「弾性」ということである。縦横の弾性が相俟って初めて、演奏の表情づけは自由自在なものとなるのだろう。
 縦の弾性では当然ながら、リズム・セクション、特にコントラバスの役割が大きい。ビオラとともに刻むリズムの弾力の上でリード・ヴァイオリンが歌う。ここから躍動感が生まれる。横の弾性、これは音楽の流れであるが、「ため」やルバート、テンポの伸縮、これもやはりリズム・セクションが大きくコントロールしているのだろう。闊達さの源である。コントラバスの重要性は決定的である。

第Ⅳ集 春の花盛り


 もうひとつ、忘れてはならないのは、シュランメル・スタイルの特異性、すなわち楽器数の少なさが生み出す無音の「間」、これが独特の弾性を生み出しているのだろうと思う。そしてこの無音の間が持つ弾力こそが、この演奏スタイルの魅力なのだと思う。これは大編成オーケストラの演奏では感じ取れないものであり、ビーダーマイヤー・アンサンブルの演奏の魅力を倍加させているのだ。この「間」の弾性を表現しきれている演奏はこのグループ以外にはほとんどないし、また感覚的な言い方にはなるが、この「間」の弾力を録音できているものも少ないように思える。DENONの録音は極めて優秀である。

 全60曲を見てみると、「ウィーンの森」や「ドナウ川」「皇帝」といった有名曲を取り上げていないことがわかる。見識である。商売上こういう曲を取り上げることも多いのだろうが、それらの曲は決してシュランメル・スタイルがふさわしいものではない。大オーケストラで聴くべき曲である。
 恥ずかしながら、私はポルカやギャロップなどは、作品の品位もやや劣るワルツの演奏の間の「埋め草」のようなものだと思っていたし、オーケストラ演奏のものでは、実際にそう感じることも多かった。しかし、ビーダーマイヤー・アンサンブルの演奏でその本当の魅力を実感することができる。4人のメンバーが実に楽し気に演奏する姿までも見えるようだ。インタープレイの妙である。

20曲ほど、私の好きな演奏を抜粋してみた。私のベスト盤である。このグループの「良さ」が十分に発揮されている曲だと思う。

  J.ランナー
   ワルツ《ロマンチックな人々》
   ワルツ《求婚者》
   ドルンバッハのレントラー
   マリアのワルツ
   ワルツ《宵の明星》
   ワルツ《シェーンブルンの人々》
   饗宴のポロネーズ
   ワルツ《宮廷舞踏会》
   献堂式のレントラー
  J.シュトラウスⅠ世
   ケーテンブリュッケン・ワルツ
   ワルツ《ウィーン情緒》
   チャイニーズ・ガロップ
   ガロップ《若人の情熱》
  J.シュトラウスⅡ世
   ワルツ《南国のバラ》
   アンネン・ポルカ
   ワルツ《愛の歌》
  ヨーゼフ・シュトラウス
   ポルカ《昼と夜》
   ワルツ《わが人生は愛と喜び》
   ポルカ・マズルカ《女心》
  P.ファールバッハⅡ世
   ポルカ《休暇で》
   伝書鳩、速いポルカ
  ヨーゼフ・ラビツキー
   熱狂的なガロップ

 このビーダーマイヤー・アンサンブル・ウィーンの演奏こそ、〈ウィーンの伝統色: 現代性〉の比率は〈5:5〉のゴールデン・バランスである。第Ⅳ集までで終わってしまったこと、現在入手不可能なことなど、非常に残念である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です