『鶉衣』の「問菊辞」
ここ二年ほど、秋に家族の不幸などがつづき、鉢植えの菊をすっかり弱らせてしまった。今年の春先から水やり、施肥などの世話をしたのだが、夏の猛暑でとうとう枯らしてしまった。やはり普段の手入れが雑だったためだったのだろう。かわいそうなことをした。一番安物の「ぼさぎく」といわれる小さな白菊である。近々買い直さねばならない。
古来故事や詩歌などに詠われたイメージが強すぎるのだろうか、菊という花について書かれた文章は、私の不勉強もあろうが、ほとんど無いように思える。しかしながら、横井也有の『鶉衣』の中の「問菊辞〔きくにとうのじ〕」だけは私の印象に残った菊についての名文である。我が家の貧弱なぼさぎくを見るたびに、也有のこの文のことを思い出したものだ。短い俳文なので、全文を引こう。
植ゑすてし菊の、をのづからに痩せ、をのづからにひらきて、赤きはたゞあかく、白きはたゞしら菊なり。
「植ゑすて」られた菊ながら「をのづから」なる姿で開く菊、わが国が古来はぐくんできた文化の根っこに触れている。也有の言いたいことはこの冒頭の一文に尽きているのだろう。
今や世上の富豪にかしづかれて、箱に戸ざゝされて曲尺をあてられ、花は年ゞにあらたなる、その全盛を人にたとへば、傾城といへるものゝうきふしの里にうられ、高雄、奥州と時めき立ちて、心にあらぬ人にめでられ、あだなる枕に起きふすたぐひ、かゝとてしもたらちねはそだてし、かゝとてやは雨露はめぐまむ。
それを承けて富家で弄ばれている菊から、いつもは沈着な也有の筆は少々高ぶりを見せ、少々勇み足さえとさえ読めて微笑まされる。
むかし彭祖が盃にくめば、八百歳の齢をたもち、正成が旗にゑがけば、十万騎の敵をなびかす。痴人はこのためにたのみ、愚将はかの功をうらやむとも、それだに花のこゝにや高ぶらん。
今度は目を歴史に転じ、菊慈童の話、楠木正成の菊水などにも、花の心は動くことはない、と菊の心に戻ってくる。そしてそれに語りかけてこの文を結ぶ。
菊よ、こゝろみに物とはむ、「その肥えたるやしたはしき、この痩せたるやうれしき」。よしさらば答へずとも、「汝が心われよくしりぬ」とさゝやけば、秋風の物いはぬ花をぞうなづかせる。
我 菊 や 尺 と り む し の 手 も か ら ず
枯れてもの言わぬぼ我が家のぼさぎくだが、こうささやいているようだ。「こんどは、地植えにしてくれる?」
❊引用は、岩波文庫 堀切実校注 鶉衣(上)十五より。
原文は改行されていない一続きの文である。