モーツァルト ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲K.423,K424 (2)

モーツァルトの2曲はどうすばらしいか

 K.423ト長調を聴いてみよう。
 冒頭部は一聴して、ヴァイオリンとヴィオラの役割がM.ハイドンのものとは違っているのがわかる。第2小節では、却ってヴァイオリンがリズムを切っている。ヴィオラはまだ主に伴奏にとどまっているものの、それはリズム刻みというよりも、対話に近いものである。

 掲載した譜は第1主題であるが、4小節単位の区切りをあいまいにしつつ、12小節の主題となっている。冒頭から変則的である。

Mozart Duo for Vn & Vla K.423
第1楽章 第1主題

 それに対し第2主題は4小節単位で、極めて規則的に提示される。しかしここで驚かされるのは、5小節目でヴァイオリンとヴィオラは役割交替、ヴィオラが主題を引き継ぎ、ヴァイオリンが低音部で伴奏を引き受けることである。これなどはM.ハイドンのもには全く見られないもので、数段の飛躍なのである。

Mozart Duo for Vn & Vla K.423
第1楽章 第2主題

 展開部はモーツァルトらしい、主題とは無関係の素材で展開される。注目は展開部8小節目から始まるアルペジオである。ヴァイオリンのアルペジオをヴィオラが引き継ぎ、それをまたヴァイオリンが引き継ぐ。また両者の音型が入れ替わるなど、非常に多彩なパッセージである。
 展開部で、というよりこの曲で最も魅力的なパッセージのひとつが、その最後に現れる。ヴァイオリン2小節、ヴィオラ2小節の舞曲風のものである。M.ハイドンの最後のロンドのクプレの舞曲に影響を受けたのかも知れないが、どの主題とも全く関係のない突然に出現する旋律に、聴くたびに心躍らさせる。最初の2小節はヴァイオリン、後の2小節はヴィオラが旋律を担う。

Mozart Duo for Vn & Vla K.423
第1楽章
 展開部最後の挿入主題

 以上で、M.ハイドンとは違った、モーツァルトならでは豊饒さが聴きとれることと思う。第2楽章アダージョもヴィオラの主役交代が見られるし、後半のヴァイオリンの高音への飛翔などは、モーツァルトならではのものである。その意味では最後のロンドが、却って保守的に感じてしまうほどである。

 K.424、変ロ長調は荘重な序奏から始まるが、曲自体は重さを感じるものではない。この曲を聴くといつも不思議に思うのだが、K.423であれほど豊かだったヴァイオリンとヴィオラの協働は大きく後退しているように感じるのだ。
 第1楽章提示部ではヴィオラが前面に立つことはほとんどない。展開部は、提示部の最後の小節を引き継いで開始するという、モーツァルト独自の始まり方をし、K.423よりも規模は大きい。K.423同様、展開部最後は舞曲風のパッセージであるが、ここではカノンとなっている。
 第2楽章アンダンテ・カンタービレはヴァイオリンの一人舞台、どうしたのだろうか。第3楽章は主題とテーマであるが、カノンの第2変奏でヴィオラが全面に出るだけで、他はヴィオラは伴奏に徹するだけである。

 このように、K.424はK.423に比べ、協働という観点からは大きく後退していると言わざるを得ないと思う。これは素人の想像であるが、先に作曲されたのがK.424で、K.423の方がその後に作曲されたものではないだろうか。記録がないのではっきりはしないだろうが、協働の豊かさが、作曲技法の深化、進化を示すとすると、そう考えざるをえないほど、K.424の協働は貧弱である。ただし、曲の魅力は決して劣るものではないのは言うまでもない。

 以上見てきたように、ハイドンの二重奏曲とモーツァルトの力量差は言うまでもないだろう。モーツァルトにあっては、ヴァイオリンは旋律楽器+伴奏楽器であり、ヴィオラは伴奏楽器+旋律楽器という、各々が二役なのである。これにより2つの旋律楽器と、2つの伴奏楽器で、音楽はより重層的に、四重奏的な性格さえも帯びたものになるのである。あくまでも二重奏以上には聞えないM.ハイドンの及ぶところではないと思う。

Jan Talich Jr. &Sr.
Mozart Vn & Vla 曲集

 このヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲は、以前から聴けるものは貪欲に聴いていたし、LP、CDもかなりの枚数になっている。なかなか、もうこれでいいと思う演奏には出会えなかったが、現在最終的に私の「お気に入り」はヤン・ターリッヒ親子によるものである。あっさりし過ぎでも、しつこすぎでもない、中庸的な演奏かも知れないが、何度聴いても聴き飽きることのない演奏である。一緒に「ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調K.365」が収録されているのが嬉しい。この曲は総奏からの差異を強調するためにヴィオラを半音高く調弦するスコルダトゥーラがつかわれいている。それによる音色の変化についてよく語られいてるのだが、これが素人には、協奏交響曲をただ聴いただけではよくわかならいのだ。ヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲の音色と比較して、やっと違いが感じられたように思える。

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