清水婦久子著 『光源氏と夕顔―身分違いの恋―』 その3 新典社新書 2008年刊

■和歌の伝統を踏まえて冒頭歌をよむ

 それでは、夕顔の冒頭歌の “正しい”解釈とはどのようなものか。それを明らかにするために著者は、「それと……見……」、「心あてに見……」が使われた万葉集以来の歌を抜き出す。それらの語の意味と使われ方を「和歌の伝統」にそって抽出する試みである。

 言うまでも最も有名なものは、凡河内躬恒の古今集歌である。夕顔の歌と対比的に示すと、

〈凡河内躬恒〉
心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどわせる 白菊の花
     (行為)    (主格)       (行為の対象)

〈夕顔〉
心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる   夕顔の花
     (行為)   (主格)        (行為の対象)

    太字は原著では傍線  ()は筆者が加えたもの

 さらに万葉集以来の類似歌を抽出すると、と「和歌の伝統」でのこれらの語の使われ方が明らかになる。

わが背子に 見せむと思ひし 梅の花 それとも見えず のふれれば
  (万葉集 巻八 143、後撰集 春上 22 よみ人しらず)

梅の花 それえとも見えず ふる雪の いと白けなむ まつかひやらば
  (万葉集 巻十 2348)

梅の花 それとも見えず 久方の あまぎるのなべてふれれば
(古今集 仮名序、同 334 冬 よみ人しらず、 拾遺集 春 12 柿本人麻呂)

月夜には それとも見えず 梅の花 春をたづねてぞ しるべかりける
  (古今集 春上 40 凡河内躬恒)

心あてに 見ばこそわかめ 白雪の いずれか花の ちるにたがへず
  (後撰集 冬 487 よみ人しらず)

   太字は原著では傍線   

 これらをあげるだけで、和歌の伝統の中で夕顔歌がどのように解釈されるべきか、素人の我々にも明白である。念のため、福田氏の説明を引用しよう。

 源氏物語の夕顔のの歌が、これら万葉集や古今集・後撰集の歌を踏まえていることはあきらかである。五首めの後撰集歌には、夕顔の歌と同じ「心あてに見」がある。しかも「白雪」は白い水滴で、「花」とは白梅のこと。なんと、白菊と夕顔の歌に相当する白い風景がこの歌でも詠まれていたのだ。問題は、「それかとぞ見る」という句だったのである。そして、「心あてに」は、「それとも見えず」とあきらめていたものを、せめて見当をつけようとする意志を表したものだったの。

 そして次のように結論されている。

 これらの例から、夕顔の歌は、白露の光のために見定め難くなあっていた白い夕顔の花を「それかとぞ見る」と言った歌であることは明らかだ。従来の三つの説(ABC)では、上の句「心あてにそれかとぞ見る」を、車中の主を言い当てた意味という思い込みがあった。しかも、これらの歌の例から明らかなように、夕顔の歌の「それかとぞ見る」には、歌を贈る相手の正体や身分をあばく意味はない。白露の光に照らされた白い花をはっきり見定めようとする表現だったのだ。

 ちなみに「心あて」を手元にある数冊の古語辞典で見てみると、ほぼすべて「あて推量」である。ただ一冊古い『旺文社 古語辞典 守随憲治・今泉忠義・松村明』のみ「あて推量、心の中にあれころとおしはかること」とある。「あて推量」という言葉は現代では「あまり考えもせず」というニュアンスがあるのだが、それとは正反対の「真剣に」なのである。福田氏の上文のように、夕顔はここで、夕陽に照らされて見えにくい白い花が何かを一所懸命に見定めようとしているのである。もし夕顔の花ではなく源氏の顔と解釈すれば、夕顔は「源氏ではないかと、じろじろと見ておりました」という歌を源氏に贈ったことになる。失礼千万、ぶち壊しである。

 福田氏はさらに、「心あてにそれかとぞ見」なければならない状況を実証的に検証する。夕顔の花(物語での夕顔は「干瓢」の花で、現代のユウガオとは別種のもの)に夕陽のかわりに、フラッシュ光をあてて撮影するという実験である。その結果、白い花はハレーションを起しその輪郭はぼやけてしまう。これが夕顔の眼から見た「夕顔」の花であり、夕顔はそれを「心あてに」みさだめようとしていると実証されているのだ。

 ここでは「それかと見」だけについて「和歌の伝統」に沿って見たが、そのほか、夕顔のような下賤な干瓢の花を高貴な源氏の顔に擬えるようなことはないことは「和歌の伝統」から外れたことであるし、ここだけ特別な使い方がされることなどもあり得ない、といったことが指摘されている。

■夕顔歌の“正しい”解釈とは=D説

 そもそも源氏の正体見破り説は『河海抄』の「心あては思あて也。光源氏をいまだしらざれども、思あげにしるきといへる也」に発しているのだが、本居宣長はじめ、現代の注釈者、翻訳者もすべて『河海抄』にだまされていたわけである。しかしながらそれらに対し、『岷江入楚〔みんごにっそ〕』に記載されている三条西公条〔きんえだ〕の、

 「をちかた人にもの申」と白い花の名を問うたのを聞いて、その花を何の花か身近いる私にも見分けることができないけれど、推しあてに申せば、通りすがりのあなた様の光をそえて輝く夕顔の花だと申せましょう。(福田氏訳)

というABCとも異なるD説が紹介されている。そして福田氏はこの夕顔の歌の“正しい”解釈としてD説同様に、

おそらくその花だと思って見ております。白露の光(あなた様のお姿)に照らされて輝く夕顔の花を

という解釈を示されている。実に「当たり前」の「素直な」、つまり「正しい」解釈である。

■福田説は、現在どう認められているのか

 以上引用しつつ福田説を紹介してきたが、当然、この説が主流になっているものと思っていた。最も新しい注釈書である岩波文庫版『源氏物語』を見るとその脚注には、

 推しあてにあなたさま(源氏の君)かと見ています、白露の光を加えている夕顔の花を。「心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花」を踏まえ、先の源氏の言葉「をちかた人にもの申す」に応答した挨拶の歌」……解釈には諸説あり、ここでは「それかとぞ見る」の「それ」を源氏、「夕顔の花」に源氏の顔を重ねる説に従った。一説に、「白露」に源氏を、「夕顔の花」に詠み手自身を重ね、「見当をつけてその花ではないかと見ています。白露が光を添えた(おかげでますます白く輝いて見定めがたい)夕顔の花を」とも。

清水婦久子著『光源氏と夕顔』新典社

と、福田説(実証実験結果も取り込んで)が紹介されているものの、基本的には通説を固守している。

 一方、現代語訳を見ると、最新の全訳、林望『謹訳源氏物語』でも完全に通説に基づいた訳がなされている。抄訳の角田訳でも同様である。

 もういい加減、夕顔巻自体の物語を戯画化し、源氏物語全体におけるその重要性を棄損するような通説を放棄していいのではないか、と感じている。

 なお、夕顔巻には、「心あてに」に歌への返歌や源氏と夕顔のその他の応答歌があるが、それぞれに、従来の通説を覆す解釈、奇矯な解釈ではなく「和歌の伝統」を踏まえたきわめて正統的な解釈が示されている。新書版の小冊子であるが、ずしりと読み応えのある、すばらしい本である。

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